好き嫌いを大事にする

「好き嫌いをなくそう!」このフレーズは小さい時から散々聞かされました。日本人の大好きなモットーです。食べ物、勉強、人間関係。日本ではどんな場面でも好き嫌いをなくすことを求められます。

食べず嫌い、わがまま、偏見(先入観)といった個の要求は「我慢の文化」の中で抑えられて、既成の社会構造が守られてきました。

ところが、デジタル社会へのシフトでテンテコマイの世の中で「好き嫌いっていいかも」との見方が出てきています。

論理的な思考やらデータマイニングやら、知識集約的な仕事はAIに任せろとか。そういった縦線横線のはっきりしたアプローチだけでは、物事収まりきらないのが世の中の常です。歴史を見ても大きな転換やアッと驚く展開は非論理的な行動や権力者の心の綾から生まれています。

「ワシ、あいつ嫌いやねん」とか「誰が何と言ってもこれ大好き!」で歴史が変わった事例はいくらでもあります。

柔らかい日本人の感覚は外面的には「好き嫌い」をはっきりさせませんが、内面的にはそれを残して優れた直感や美意識につなげています。

コンピュータサイエンス色でベッタリ描かれているこれからの時代ですが、「論理とデータに裏付けられた効率と合理性を追求する糸」と「不条理なのになぜか共感を集める感性の糸」をうまく織り交ぜながら進んでいくのが、ベストプラクティスになっていくかもしれません。

予定調和と意外性の組み合わせ

そう考えると、好き嫌いを中和させたり自分の中に押し込めるのではなく、それをどうやって個性や価値観に変換して社会のリソースにしていくか、が大事になってきます。色々と楽しみが増えてきそうです。